2026年3月29日の日本経済新聞朝刊に、こんな記事があった。
個人株主も物を言うー議決権行使72%に上昇 経営陣刷新にも賛同/日本経済新聞
「個人株主も物を言う」——当たり前じゃないか?と思うのだけども、どうも企業はそう見ていないらしい。
記事によれば、株主総会で議決権を行使する個人株主の割合が72%に達したという(野村証券調べ)。約20年で20ポイント近く上がったそうで、記事はこれを「変化の兆し」として取り上げている。
でも、これって本当に「変化」なのだろうか。
株主が意見を言う、なにか変?
株を買うというのは、その会社に投資するということだ。お金を出して、リスクを取って、見返りに経営への発言権——議決権——を手に入れる。
なのに「個人が議決権を行使するようになった」という記事のトーンは、まるで想定外の出来事が起きたかのように書かれている。
おそらく企業側には、長いあいだ「個人株主=黙って持ち続けてくれる人たち」というイメージがあったのだと思う。はっきり言ってしまえば、「黙って金を出してくれる存在」として扱ってきた節がある。
株主優待という日本独自の仕組みは、その象徴かもしれない。お米券や割引券で気分よくなってもらって、「難しいことは任せておいて」という空気があったのではないか、と。
安定株主がほしかった、本当の理由
スーパー大手のブルーゾーンホールディングス(旧ヤオコー)が約10年ぶりに株式を分割するにあたり、川野澄人社長が「個人株主拡大により安定株主を増やす」と語っている。
個人株主も物を言うー議決権行使72%に上昇 経営陣刷新にも賛同/日本経済新聞
「安定株主を増やす」。この言葉がすべてを物語っているのではないだろうか。
背景にあるのは、持ち合い株式の解消という事情だ。かつて日本の上場企業は、取引先や銀行と互いに株を持ち合うことで、外部からの圧力をシャットアウトする「安定株主」を確保してきた。ところがコーポレートガバナンス改革の流れで、この持ち合いが一斉に解消されつつある。
その穴を埋める存在として個人投資家に白羽の矢が立った、というわけなのか。
新NISAの導入で個人株主の延べ人数は8400万人と過去最高を更新している。企業からすれば、「大量の新しい安定株主が来てくれた」と映ったのかもしれない。
新NISAで変わったのは、株主の「意識」だったかもしれない
新NISAで投資を始めた人たちは、以前の世代より「投資とは何か」を意識している人が多いと思う。情報環境も全然違う。決算情報も、他の株主の動向も、スマートフォン一つで手に入る時代だ。
乗り換え案内サービスの駅探では、2025年6月の株主総会で経営陣刷新の株主提案が8割の賛成で可決された。決め手は株主の6割を占める個人の賛同だったという。
「株主が経営陣を替えた」というと大事件のように聞こえるけれど、よく考えれば、これはごく普通のことではないか。おかしいと思ったら声を上げる。それは当たり前のことだと思う。
30年の停滞と、「ぬるい株主関係」の話
大阪公立大学の石川博行教授らの研究によれば、個人株主が増えると企業のROE(自己資本利益率)改善や売上高成長率が鈍る傾向があるという。「長期安定株主を求めるあまり、経営者が成長より優待などで自己保身に走ってしまう」という分析だ。
物言わぬ株主に囲まれた経営者は、緊張感を持ちにくい。株主優待を充実させ、懇談会を開いて「ファン株主」を増やすことに注力すれば、株主は文句を言わなくなる。でもそれは、企業が本当に成長することとは別の話になってくる。
日本経済が30年以上停滞してきた理由の一端は、こういう「ぬるい株主関係」にあったのではないか——と言ったら言い過ぎだろうか。でも、まったく無関係だとも思えない。
「対話の相手」として見てほしい
個人株主が物を言い始めた、というのは、本来当たり前のことが当たり前になりつつある、それだけのことだと思っている。
驚くべきなのは、それが「変化」として報道されること自体だろう。
株主が経営に意見を言う。それは権利であり、株式会社の基本だ。それを脅威のように感じる経営者がいるとすれば、問われるべきは経営者の側なのではないか。
企業にとって個人株主は、「黙って金を出してくれる存在」から「対話の相手」に変わりつつある。その変化に向き合えるかどうか——それが、これから先の企業価値を左右するのかもしれない。
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