ニュースサイトで、大阪松原市が4月から職員の名刺を公費負担にしたという記事を見つけて驚いた。自治体職員は未だに自腹で名刺を作っていたのか、と。
少し考えてみる。公用車は税金で買う。職員証も、業務用のスマホも、庁舎の電気代も、ぜんぶ公費だ。ところが名刺だけは違った。「公務で使うけれど、個人持ち」。この堂々たる矛盾が、全国の自治体で半世紀近く「慣例」として生き続けてきた。
根拠は何か。聞けば、旧自治省の通達があるのだという。「公費になじまない」と書いてあるらしい。ところが総務省に確認すると、「そんな通達は存在しない」。幽霊の通達である。誰も見たことがないのに、全国の9割の自治体職員が、その亡霊に従って財布を開き続けてきた。
これは笑い話ではない。「前例があるから」「ずっとそうだったから」。根拠はなくても、慣行だけが残る。化石になった理屈が、まかり通ってしまう世界なのだ。
30年前、三重県の知事がこの壁を破った。「職員は全員、県の営業マンだ。営業マンの名刺を個人持ちにするな」。筋の通った話である。今ごろ大阪・松原市がそれに「追いついた」ことが報じられ、称賛されている。三重県が走り始めた年に生まれた子どもは、もう30歳になっているというのに。
「でも税金の無駄遣いでは?」という声も、もちろん出る。出るのは分かっている。だから堺市は設計を変えた。外注をやめ、庁内の障害者雇用の部署で印刷する。コストは1枚約8円。批判の芽を、制度設計で先に摘む。文句のつけようがない。批判を恐れて何もしないより、批判が出ない仕組みを作る方が、よほど「行政らしい」仕事ではないか。
結局のところ、この問題の本質は名刺ではない。「誰かが言い出しっぺにならなければ、誰も動かない」組織の体質である。正しいと分かっていても、前例がなければ動けない。前例があっても、根拠が消えればなおさら動けない。
役所で働く人々が、業務に必要な紙切れを30年間、自分の小遣いから出し続けてきた。その事実を「仕方ない」で飲み込んできた職員たちの顔を想像すると、笑えない気持ちになる。
全国の自治体の9割では、今日もまだ、職員が自分の財布から名刺代を払っている。





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