枕崎市が、ある事業者に対して下水道接続の「指導」を始めて、もう25年になるそうです。人間でいえば、ちょうど銀婚式の年にあたります。
毎年欠かさず、市の担当者は事業者のもとを訪ねます。「下水道に、つないでいただけませんでしょうか」。事業者は答えます。「経営が、ちょっと厳しくて」。担当者はうなずきます。「そうですか、では来年また」。
このやりとりが、25回繰り返されました。ラーメンのスープのような白濁したゆで汁と、血を薄めたような赤い水が川に流れ続けるあいだ、お役所と事業者のあいだでは、これほど誠実な対話が続いていたのです。
下水道区域内の同業者38のうち36までが、自費で配管をつなぎ、毎月の料金を払ってきました。94.7%が「ちゃんとした側」だということになります。けれど自治体が大切にしているのは、どうやら、その94.7%ではないらしい。残された5.3%への配慮こそが、「地場産業との兼ね合い」と呼ばれているもののようです。
「経営が厳しい」というのは、たしかに切実な言葉です。けれど、その言葉を25年掲げ続けられるというのも、ある意味たいした持続力ではあります。
ルールを守る人が、ルールを守らない人の負担を肩代わりする。その仕組みを、市は四半世紀かけて熟成させてきました。かつお節の本場ですから、熟成には、それなりの時間が必要なのでしょう。
ただ、発酵は美味しいけれど、腐敗はつらい。両者を見分けるのは、案外むずかしい仕事です。住民の80代男性は、農作業のさなか「本当にきつい」と語っています。
議会では、住民の請願や陳情が、何度も「採択」されてきました。採択というのは、本来「やります」という意味のはずでした。けれど枕崎では、どうも「記録しておきます」という意味で運用されているようです。日本語は奥深いものです。
来年も、市の担当者は事業者を訪ねるのでしょう。「下水道に、つないでいただけませんでしょうか」。26年目の「指導」が、しずかに始まります。
馬追川は、今日も赤いそうです。



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