友好ムードに包まれた米中首脳会談。それを見ていて、私が最も気になったのは、その裏側で台湾問題がどのように扱われたのか、という点です。
中国の習近平国家主席は、台湾問題を米中関係の核心として位置づけ、対応を誤れば両国関係は危険な局面に入ると警告しました。一方、米国側は台湾政策に変更はないと説明しています。表面上は、いつもの米中外交の範囲内に見えます。
しかし、本当にそうなのでしょうか。
今回の会談で目立ったのは、台湾問題よりも、貿易、原油、航空機、そして中東情勢でした。イラン戦争とホルムズ海峡の不安定化は、米国経済にも重くのしかかっています。ガソリン価格や物価への不満は、トランプ政権の支持率にも直撃します。そうした状況で、中国との会談は、米国にとって「外交成果」を演出する場にもなり得ます。
問題は、台湾がその成果演出の陰に押し込められるのではないか、ということです。
もちろん、現時点で米国が台湾を見捨てたわけではありません。米国は台湾海峡の平和と安定への関与を繰り返し表明してきましたし、台湾への武器供与も続けてきました。しかし、トランプ外交の最大の特徴は、同盟や価値よりも「取引」を優先するところにあります。
中国が米国産原油を買う。航空機を発注する。中東問題で協力する。その見返りとして、米国が台湾向け武器供与の時期や規模を調整する。そこまで明示されなくとも、中国側がそう受け取るだけで、地域の緊張は変質します。
台湾問題で本当に怖いのは、米国が突然、中国に全面同調することだけではありません。もっと怖いのは、米国が曖昧になることです。
「台湾政策は変わっていない」と言いながら、台湾問題を会談の主要成果から外す。中国の警告には正面から反論せず、経済成果を前面に出す。武器供与は止めないが、判断を先送りする。こうした曖昧さは、北京には一つのシグナルとして映る可能性があります。
米国は台湾を守るのでしょうか。それとも、条件次第では台湾を交渉材料にするのでしょうか。その疑念が生まれるだけで、台湾海峡の緊張は高まります。
そして、その緊張は日本にも及びます。
ただし、ここで確認しておくべきことがあります。台湾問題は、本来、中国と台湾の当事者間で平和的に解決されるべき問題です。日本がそこに軍事的に踏み込むことには、極めて慎重でなければなりません。
台湾海峡の緊張が日本経済や物流に影響することは否定できません。半導体、海上輸送、エネルギー、金融市場への影響も考えられます。しかし、経済や物流に影響があることと、日本が軍事的に関与することは、まったく別の問題です。
まして、台湾問題は内政問題としての性格を持っています。日本は台湾を国家として承認しているわけではありません。その台湾をめぐる事態を、ただちに日本の集団的自衛権の発動に結びつけることには、大きな無理があります。
高市政権は、台湾有事が日本の存立危機事態になり得るとの立場を示し、中国から強い反発を受けてきました。
もし米国が中国との取引を優先し、台湾問題で後退したり、曖昧な姿勢を強めたりすれば、日本はさらに危うい立場に置かれます。高市政権が対中強硬姿勢を強め、中国から反発を受ける一方で、肝心の米国は中国と握手している。日本だけが前に出て、米国は一歩後ろに下がる。いわゆる「梯子を外された」状態になるのです。
高市政権にとって、これは大きなリスクになります。対中強硬姿勢は、国内政治では分かりやすいものです。しかし現実の外交では、分かりやすさだけでは済みません。米国が常に同じ方向を向いているとは限らないからです。
問われるべきなのは、中国にどう向き合うかだけではありません。米国の対中戦略に乗ることを、日本外交の前提にしてよいのかという点です。
とりわけトランプ政権の外交は、同盟国への配慮よりも、自国の利益を優先する傾向が強いと言えます。中東問題で支持率が下がり、物価高への不満が高まる中で、中国との経済取引が政権浮揚の材料になるなら、台湾問題は後回しにされる可能性があります。
そうなった時、日本に残るものは何でしょうか。中国との関係悪化。台湾有事をめぐる緊張。国内で高まる安全保障不安。そして、米国の判断に振り回される外交です。
日本経済への影響も深刻です。
中東情勢が悪化すれば、原油価格や物流コストが上がります。台湾海峡の緊張が高まれば、半導体、電子部品、海上輸送、金融市場に不安が広がります。さらに中国との関係が悪化すれば、観光、輸出、レアアース、サプライチェーンにも影響が及びます。日本は今、中東と東アジアという二つの地政学リスクに同時にさらされています。
だからこそ、日本は台湾問題を安易に軍事の問題へと引き寄せるべきではありません。経済的な影響があるから軍事的に関与する。地理的に近いから存立危機だと考える。そうした発想は、危機を抑えるどころか、むしろ日本自身を危機の中へ近づけてしまいます。
その中で、米中が「安定」を演出すること自体は悪いことではありません。米中衝突が避けられるなら、それは世界経済にとっても日本にとっても望ましいことです。しかし、その安定が台湾をめぐる不透明な取引の上に成り立っているなら話は別です。
米中の緊張緩和が、日本の安全保障リスクを低下させるとは限りません。むしろ、米国が中国と取引し、日本だけが対中強硬姿勢の代償を背負う構図になれば、日本のリスクは増します。
台湾問題は、台湾だけの問題ではないという言い方があります。確かに、台湾海峡の緊張は日本経済にも地域情勢にも影響します。しかし、それは日本が軍事的に関与してよいという意味ではありません。
むしろ問われるべきは、日本が台湾問題をどこまで自国の軍事問題として引き受けるのか、という点です。米国が台湾を守るのかどうかだけを見ていては、本質を見誤ります。より重要なのは、台湾問題を理由に、日本が軍事的関与へと引きずり込まれていないかということです。
今回の米中首脳会談で見えたのは、米中関係の改善というより、台湾をめぐる不気味な曖昧さでした。
米国が台湾を取引材料にするなら、それは台湾にとっても、日本にとっても危険です。同時に、日本が米国の台湾政策に引きずられ、台湾問題を日本有事に近づけてしまう可能性もあります。
台湾有事を語る前に、日本は台湾問題を本当に日本の軍事問題にしてよいのかを問い直すべきです。さらに必要なのは、米国の対中戦略に追随する形で組み立てられてきた日本の対中外交そのものを見直すことです。
中国に対して言うべきことを言う外交は必要です。しかし、それは対立を煽ることとは違います。台湾問題を日本有事に近づけ、国内政治のために対中強硬姿勢を競うような外交は、日本の安全保障にも経済にも大きなリスクをもたらします。
日本が取るべき道は、米国の判断に振り回されることでも、中国に迎合することでもありません。日本自身の利益に基づき、中国との対話の回路を維持し、台湾問題を軍事化させない外交を再構築することです。
