カルビーが5月12日、自社の主力商品14品のパッケージを白黒2色印刷に切り替えると発表しました。「ポテトチップス」「かっぱえびせん」「フルグラ」などが対象で、5月25日週から店頭で順次切り替わります。理由は、カラフルなパッケージを支えてきた印刷インクの原料がナフサ不足の影響で安定調達できなくなったため。伊藤ハム米久ホールディングスも同様の検討に入ったと報じられています。
「目詰まりが解消すれば元に戻る」のであれば、ここまでの仕様変更は必要ありません。それでもカルビーは、自社製品のブランドイメージを変えてまで、出荷を継続する道を選びました。これは政府の説明と現場の認識の差が大きいことを示しています。
政府が描く「目詰まり」の物語
赤澤亮正経済産業相は4月14日の閣議後会見で、シンナー不足の原因をこう説明しました。川上の石油化学メーカーや商社が、シンナー原料の供給について「4月末までは前年実績並みに供給するが、5月の供給は未定」と塗料メーカーに伝達したため、川中で出荷半減の連鎖が起きた——というものです。
つまり「川上は問題ない」「川中で先回り発注と出荷抑制の連鎖が起き、目詰まりを生んだ」「政府が川中に働きかけて解消に動く」というフレームです。高市首相は4月16日の中東情勢関係閣僚会議で「シンナーメーカーからの出荷量が回復し、解消に向かいつつある」と発言しました。
この説明は、かなり無理があるように聞こえます。最も大きいのは「川中の事業者が4月の出荷を半減した」という発言です。仮にそうだとすれば、半減分のシンナーはどこに留まっているというのでしょうか。
消防法という固い制約
シンナーは消防法上、第4類第1石油類に分類される危険物です。これは引火点が21℃未満の引火性液体で、ラッカーシンナーやガソリンと同じカテゴリ。危険性が高いため指定数量は塗料のなかでも最も小さく、わずか200リットルに設定されています。一斗缶(18リットル缶)でいえば11本程度です。
指定数量を超えて大量のシンナーを保管するには、消防法に基づく危険物倉庫の設置が必要です。位置、構造、設備、消火設備、管理者の選任、定期点検まで含めて細かい技術基準が定められ、所轄消防署長の許可を得なければなりません。指定数量の5分の1(40リットル)以上を保管するだけでも、消防署への届出義務と火災予防条例の基準適合が課されます。
加えて、シンナーは名前のとおり揮発性の高い溶剤です。気密性が確保されていない容器では、保管しているだけで蒸発損失が生じます。塗装業界で「シンナーは現場で大量在庫を積みにくい」と言われるのは、この物理的・法的な二重制約があるためです。
政府が描く「川中の塗料メーカーや卸が4月の出荷を半減し、その分を抱え込んだ」というシナリオには、業界全体に半減分を吸収できる危険物倉庫の空きが存在していなければなりません。在庫を抱え込むためだけに、各社が危険物倉庫を一時的に拡張することは考えにくいのです。
業界に元々相当な保管余力があったか、あるいは「目詰まり」とは別の場所で滞留が起きている。政府の説明では、このような状況が起きているということになります。
政府内で割れた説明
政府内の意見が一致していない事実もあります。日本塗装工業会の加藤憲利会長らは、4月14日に国土交通省を訪れ、金子大臣宛に要望書を提出しました。その回答として、不動産・建設経済局からは次のような説明があったと、日塗装が公式に明らかにしています。
塗料メーカーや販売店などの「川中」で目詰まりが起こっているわけではないことが、さまざまな調査から見え始めている。引き続き、経済産業省と協議を重ねていく。
経産省は「川中の目詰まり」を不足の原因として説明し、国交省は「川中の目詰まりではない」と関係団体に対し公式に認めている。同じ政府のなかで、説明が割れているのです。
国交省は建設業所管官庁として、現場でシンナー入手困難に直面している塗装事業者の声に直接接しています。その立場の官庁が「川中ではない」と認めたということは、もし目詰まりが起きているならそれは川上だということです。あるいは、政府が「目詰まり」と呼んでいる現象そのものが、別の何かであることを示しています。
97.3パーセントという数字
日塗装が4月6日から10日にかけて実施した会員緊急アンケート(回答850社)では、希釈や洗浄に不可欠なシンナーが「通常通り入手できる」との回答は2.7パーセント。残る97.3パーセントは「手に入らない」(55.1パーセント)と「数量制限あり」(42.2パーセント)に分かれます。
サプライチェーン全体の97.3パーセントが「正常入手できない」状態は、局所的な滞留と呼ぶには大規模すぎます。「目詰まり」という言葉のスケール感とは、明らかにかけ離れた数字です。
「短期目詰まり」では説明できない企業対応
政府が「目詰まりは解消に向かう」と説明する一方、事業者は長期戦の体制に入っています。
| 時期 | 企業 | 対応内容 |
|---|---|---|
| 3月 | 日本ペイント | シンナー製品全般を75パーセント値上げ |
| 4月8日 | 三菱電機 | エコキュート部品塗料の仕様変更を開始(色味の差を許容) |
| 4月13日 | TOTO | ユニットバスの新規受注を一時停止 |
| 4月14日以降 | LIXIL | ユニットバスを「納期未定」に |
| 4月16日 | TOTO | 段階的再開を発表(納期延長・受注商品の限定が条件) |
| 4月21日以降 | TOPPANホールディングス | 顧客に2〜3割の値上げ打診を開始 |
| 5月12日 | カルビー | 主力14品のパッケージを白黒2色印刷に切り替え発表 |
| 5月12日 | 伊藤ハム米久ホールディングス | 同様の仕様変更を検討中と報道 |
値上げ、受注停止、仕様変更——いずれも、いったん市場と顧客に提示してしまえば容易に巻き戻せない措置です。製造ラインの設定、印刷版の準備、顧客への通知と契約調整。短期で元に戻せるオペレーションではありません。事業者の現場感覚は、構造的な原料制約が当分続くという前提に立っています。
「フレーム」なのか、それとも
ここまでを整理すると、政府の「目詰まり」説明には四つのほころびがあります。シンナーの危険物規制と揮発性ゆえに「川中で在庫がロックされている」という説明の物理的根拠が薄いこと。国交省自身が「川中の目詰まりではない」と関係団体に認めていること。97.3パーセントが「正常入手できない」という業界調査の数字が、局所的滞留のスケールではないこと。そして、企業の構造的対応の時間軸が、「目詰まり」という言葉の前提と整合しないこと。
四つの角度から検証して、いずれも政府説明の輪郭が見えてきません。「川中の目詰まり」というメカニズム説明が、現実の何を指しているのかが分からないのです。
それが意図せざる説明の混乱なのか、あるいは説明そのものが現場と乖離しているのを承知のうえで維持されているフレームなのか。前者であれば修正の余地があります。後者であれば、説明と実態の乖離を承知のうえで放置している政府の責任が問われることになります。
5月20日には、過去最多となる野党6党党首と高市首相による党首討論が予定されています。「目詰まり」の中身について、政府は説明しなおすのか、それともこの言葉を維持し続けるのか。市場と現場が、政府説明の解像度を試す段階に入っています。







赤澤経済産業大臣の閣議後記者会見の概要(4月14日)