レアアース危機の本質|中国輸出規制と「在庫の時間」

2026年6月、中国の税関統計に一つの事実が現れた。ジスプロシウム、テルビウム、イットリウム。高性能磁石や半導体製造装置に欠かせない中・重希土類の対日輸出が、そろってゼロになったのだ。

しかし、いまのところ日本の工場は止まっていない。決算説明会では「現時点で影響はない」という言葉が並ぶ。この状況をどう判断すればいいのか。

この言葉が示すのは、問題の解決ではなく、影響の先送りである。企業は在庫を取り崩し、長期契約と中国当局の個別許可で生産をつないでいる。補充の止まった在庫は、確実に減っていく。

見えない数字

判断を難しくしているのは、現状を把握するための数字が、ことごとく非公表であることだ。

第一に、国家備蓄の実量。目標は国内消費量の60日分を基本に品目ごとに設定されるが、その内訳も達成率も安全保障を理由に公表されていない。「備蓄があるから大丈夫」という言説は、検証不能な前提の上に立っている。

第二に、企業在庫。数年分を確保したと説明する企業もある。しかし、それは例外にすぎない。多くの企業については、何カ月分の在庫が、どの元素について、どの加工段階で存在するのかは、外部からは確認できない。

第三は、規制の範囲そのものだ。中国商務部の対日輸出管理は規制品目リストが非公表のまま運用されており、企業は何が規制されるのかを事前に知ることができない。ものづくり産業労働組合JAMの会長は今年3月、規制対象外の品目まで入りにくくなり中小企業が苦しんでいると証言した。規制の効果は、公表された制度の外側にまで及んでいる。

南鳥島は当面の答えにならない

検証できる数字が乏しいなかで、盛んに語られているのが、南鳥島沖のレアアース泥である。今年7月、水深5,569メートルからの連続揚泥と、回収泥中のレアアースの約54%が中・重希土類だったことが公表され、「国産化」「資源大国」という言葉が紙面に並んだ。

だが確認されたのは、深海から泥を引き上げる技術が作動したことだけである。泥のレアアース濃度、精製後の回収率、採掘から製錬までの総費用は公表されておらず、採算性を含む総合評価がまとまるのは、2028年3月の予定である。繰り返し報じられる「1,600万トン」も、海底に存在すると推計される原位置資源量であって、経済的に採掘できる埋蔵量ではない。

仮に採掘が軌道に乗っても、ボトルネックは別の場所にある。レアアース供給網で中国が握るのは鉱山ではなく精錬である。重希土類の分離・精製工程における中国のシェアは約9割。泥を引き上げても、それを個別の酸化物に分離し、金属にし、磁石にする工程を中国の外に築かなければ、戦略物資としては使えない。国際エネルギー機関も、非中国圏で不足しているのは採掘能力より精製・磁石製造能力だと分析している。

南鳥島は重要な選択肢である。しかしそれは5年、10年の時間軸の話であり、いま減り続けている在庫を補充してはくれない。採算が合わないまま国費で維持するなら、その費用は「供給保険料」として国民に明示する必要がある。

中国レアアース輸出規制による日本企業への影響|UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社

原因は政治にある

政府と企業の対策は、既に出そろっている。備蓄の拡充、豪ライナスやフランスの精錬事業への出資による調達先の分散、レアアースを使わない磁石技術の開発。いずれも必要な取り組みである。だが、これらを足し合わせても、規制前の状況には届かない。原因が別のところにあるからだ。

今回の規制強化の契機は、台湾有事を巡る高市首相の国会答弁だった。答弁を撤回するか、それに代わる外交的収拾を図らない限り、許可運用の改善にも調達の分散にも限界がある。だが撤回の政治的代償は大きく、政府にその気配はない。外交では解決できないからこそ、議論が南鳥島の「国産化」に向かうのではないか。

在庫の減少を直視する

危機は、突然やってくるのではない。部品メーカーの在庫が尽き、完成品メーカーの生産調整が始まり、決算の但し書きが本文に移る。影響は少しずつ悪化し、表面化していく。上場企業の開示資料でレアアースに言及する社数は今年5月に86社、6月に105社と急増した。在庫の取り崩しは既に始まっている。

見るべき指標ははっきりしている。中国から日本への品目別輸出量、輸出許可の件数と審査期間、磁石価格、代替供給の実出荷量。レアアース「全体」の輸入量ではなく、ジスプロシウムやテルビウムという「個別」の数字である。

在庫という時間的猶予は、それ自体では何も解決しない。レアアース危機の行方は、在庫が尽きる前に何ができるかで決まる。

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雨嶋 弘
雨嶋 弘 | Hiroshi Amejima 深く考えなくていいことを、あえて深掘りする人。「漫言LOG」でゆるい思考の備忘録を綴っています。 ぼんやり考えていることが多く、活字とコーヒーがあれば大体幸せです。